よみがえるあの屈辱
第二部 よみがえるあの屈辱

既に時刻は9:00をまわっていた。
「シャレになってないな。」
そう、言いながら止めど無く続けられる排出作業。
そんなとき、駅の場内アナウンスが微かに聞こえてきた。
「え〜、代々木上原で人身事故があり、現在千代田線は上下とも運転を見回せて
おります。なお、振替輸送を行っておりますので、詳しくは近くの係員までお問
い合わせ下さい。」
なんてラッキーなことだ。
事故に巻き込まれた人には悪いが、これが不幸中の幸いと言うものだろう。
「これまでの人生で全然ついていなかったこの俺にも、とうとう運が回ってきたか。」
別に、運とうん○を掛けたわけではないが、なんとなく笑みが生まれた。
ただ、この笑みを第三者からみたら、とてつもなく気持ち悪いだろうと思うと、笑みが
止まらない。
状況が変わったため、ゆっくり、すべてを排出し、やっと開放された。

流し終わるのを確認すると、鍵を空け外に出る。
すると、目の前に掃除員のおばちゃんが立っていた。
<しまった。既に清掃中だったか...と言うことは、先ほどの笑いも聞かれたか?>
そう考えると、額から先ほどまで書いていた汗とは違う、何か暑い汗が滲み出てきた。
しかし、その清掃員のおばちゃんの顔を見ると、なんとなく始めてあった顔ではない。
<待てよ...この顔は...あっ!!>
そう、忘れもしない1ヶ月前に、起こったあの悲劇がよみがえる。

・・・・・・

一ヶ月前、やはりこれまで起こったことと同様な現象が発生しており、大変な目にあった。
あの時は、今回の現象の比ではない。
朝、埼京線にのっていると、まだ赤羽駅につくかなり前にとてつもない違和感が俺の腹を
駆け抜けた。
埼京線は、知っての通り恐ろしいほど混みまくるため、この違和感がある場合、いろいろ
な人にぶつかるため、大変な事になる。
<うおおおおおおお!!>
心の中で、こう叫んでも、辛いものは辛い。
本当にその場で開放してしまおうか考えてしまうほどだ。
しかし、ふんばる逆の行動で我慢をし、なんとかホームを下りて行く。
赤羽駅のトイレは、朝込まくるので、絶対に入ることは出来ない。
そう思って、地下鉄赤羽岩淵駅を超速効で目指す。
駅までの道のりはやはり長い。
変な歩き方になってしまい、登校途中の子供に指差される。
「あいつ、変な格好して歩いてるぜ。」
<おまえ達、世の中にはいろいろな人が存在するのだ。指を差して笑っちゃいかん!!>
そう、口に出そうとするが、口に出せばその瞬間、別の口からも何かが出てしまう。
悔しい気持ちを必死に押さえ、駅を目指す。
駅に着くと階段を下りることは、ほぼ不可能なことに気づく。
しかし、人間ってやつは、なんて偉いのであろう...エレベータ...こんな文明の力を
目の前にし、感動をおぼえた。
エレベータにのり、地下を目指す。
エレベータが地下に到着し、窓が空く瞬間、恐ろしいほどの違和感が俺を貫く。
「だああああああああ〜」
その時、アントニオ猪木の雄叫びの意味を知った。
声を出す俺を、通りかかりの人が冷ややかな目線を浴びせる。
<ち、ち、違うんだ。分かってくれ。>
目に涙さえ浮かべている俺を尻目に、冷ややかな視線はさらに続く。
しかし、今はそんなことを説明している暇はない。
俺は必死で改札を駆け抜け、通常なら左の階段を降りるところを右に曲がり、恐ろしい速さ
で走り抜ける。
既に頭の中は空っぽになり、その時自分がどのような走りをしているかさえ分からなかった。
しかし、後から考えると、違和感は続いたままであり、それを制圧しながら走っていたことを
想像すると...辛い...
駆け抜けた先に、その場所はある。
一気に駆け抜けたい場所に何かが置いてある。

<清掃中>

「ば、ばかな!!」
ひどすぎる。
しかし、ここで女子便所に入ることも可能である。
その場で多少立尽した俺は、頭の中で葛藤し始める。
<<楽派:楽になりなよ。別にいいジャン。生理現象は我慢できないだろ>>
<<苦派:だめだ。そこは女性の花園だ。いくら清掃中とはいえ、ジェントルマンを張るべきだ>>
そんな状態がしばらく続いたが、その横を通りすぎる女性が冷ややかな目線を送る。
さっき、エレベータで横切った一人に違いない。
この状況を見れば、なぜあの時奇声を発したのか、察しがつくはずである。
しかし、その女性の目はこうかたっていた。
「まったく、昼間から変質者がいるなんて...女性トイレにでも忍び込もうとしているようね。」
<い、い、いやだ。これ以上、羞恥をさらすのは...>
そう思った俺は、やむなくホームへの階段を降りていく。
死への13階段は上りだが、それより辛い下り階段である。
「これなら死んだ方がましだ。」
そうつぶやきながら、やっとの思いで電車のシートに腰を下ろした。
そして30分...

駅を下りた俺は、今度は死への13階段を上り始める。
「これを上れば、本当に開放される。」
半泣き状態である。
やっとの思いで階段を上がり、入口に差し掛かるとそのには...

<清掃中>

「ま、ま、またか!!」
「ふざけるな!!これ以上待てるものか。」
そういいながら、清掃中の看板を裂け、中に入る。
そこには、清掃中のおばちゃんが、ガシガシ掃除を行っている。
「た、た、頼む。開放させてくれ。」
本当に心の底から頼んでいた。
「あんた、外の看板が見えなかったのかい?今は清掃中なんだよ!!ようを足したければ
女子トイレに行きな!!」
「そんなこといわずに...頼むよ...」
その言葉を無視して清掃を続けるおばちゃん...
<こ、こ、このくそばばあ!!>
こう思いながらも、やはり声に出ない。
そう、このおばちゃんこそ、現在目の前に対じしているおばちゃんであった。
・・・・・・

「おや、今回は間に合ったんだね。よかったね。」
<このばばあ!!シャーシャーといい腐りやがって!!>
しかし、今は開放された後なので、怒りは我慢できた。
「いや〜、今回は助かりましたよ。」
<なんて、ジェントルマンなんだ...>
そう思いながらトイレを後にする。
その日は、駅で「遅延証明書」なるものを頂き、遅刻も間逃れたのであった。